人類はこれまで、表面積5億1010万平方キロメートルに及ぶ、地球という天体上のあらゆる領域にその足跡を残してきた。しかし、それは半径465億光年に渡る観測可能な宇宙の中では、取るに足らない極小の1点に過ぎない。
我々は25万年に渡る歴史のほとんどにおいて、到達することが夢物語と同義だった宇宙空間、そこに神話と伝説を投影してきた。星々の運行を基準に自らの位置を知る船乗りですら、諸天体の真の位置、地球からの圧倒的な距離を測ろうとはしなかった。宇宙は、我々の世界を覆う理外の領域、単なる『星空』だったのだ。
しかし今日、天文学は大いに発展し、人類は宇宙の実態を正しく認識しつつある。そして、航空宇宙技術の急速な進歩は、いまや人類を宇宙空間へのとば口に立たせている。
それゆえに、暗闇の中に立つ我々は、宇宙空間の驚異と脅威を正確に認識し始めた。地球上に今なお膨大な数が存在し続ける不可解なるもの、その総数をもってしても、宇宙全域の不可解なるものの数とは比べ物にならないほどちっぽけな1点に過ぎないことを。それらの不可解なるものは、我々の祖先が星空に投影した幻想の産物と比較してなお、勝るとも劣らない恐るべき存在であると。
そして人類は、いまだに不条理と不可能に満ちたフロンティアへ、ゆっくりと歩み始めようとしている。
人類は恐怖から逃げ隠れていた時代に逆戻りしてはならない。他に我々を守るものはいない、我々自身が立ち上がらなければならないのだ。
人類が健全で正常な世界で生きていけるように、我々もまた新たな世界へ乗り出さなければならない。他の人々が理に適わぬ世界を光で照らし出す前に、我々は暗闇の奥深くへ分け入り、新たな異常存在を見つけ出し、その状態を把握しなければならない。
確保、収容、保護。探索、発見、観測。
— ”管理者”
ええ、はい、ピエネータ計画は全面中止です。カナイシ博士は再起不能の重体ですし、彼が何をやっていたかは白日の下に晒されたわけですから。「悪は滅びる」……こういう月並みな言い方は、本来であれば僕の好みじゃないんですが、今回は状況が状況なので、どうしても……。
カナイシ博士がやっていたことがばれた理由ですが、よくあるように、たった一つの判断ミスです。もっとも、今回のミスはオブジェクトとの向き合い方に問題があったがためのものと言わざるを得ません。そもそも確保、収容、保護という本来の向き合い方からの離反が今回の事件の発端なので、上手くできた話といいますか何と言いますか。
はい、本題に入れ。わかりました。カナイシ博士は、自身が扱っていたオブジェクト——SCP-2806-█の異常性に、確実な再現性があると思いこんでいたんです。確かに、今までのSCP-2806-█による実験では再現性らしきものが観測されていますが、元々が試作段階の欠陥品だったようですし、常に同じ結果が生じるとは限らない。油断してはならない。そこを見落としていたんですね。
カナイシ博士は、彼女の右腕も稲倉研究員の場合と同様の、宇宙機の構成要素に置換されると予測していました。しかし、実際に生じたのはまったく別のものだったのです。彼女が目を覚ました時には、右腕は準備を整えていました。
もう噂はそちらにも届いているかもしれませんが——彼女の右腕は、原理不明の高エネルギービーム兵器の発射装置に置き換えられてしまったんです。
いやあまったく酷いものです。カナイシ博士の研究室はおろか、サイトの外壁にまでばかでかい風穴が開いてしまったんですからね。サイト-0081が地球上にあったのがせめてもの救いです。博士自身もビームがかすっただけで左腕を肩から丸ごと持って行かれました。撃った本人曰く、威嚇射撃のつもりだったそうで、射線自体も威嚇射撃規定に準じたものでしたが、予想外に威力が凄まじかったらしく……。
サイトの一部が吹き飛ぶ大事にまで発展してしまったので、外宇宙支部としても動かない訳にはいきません。お偉方は今のところ、おおかたの責任をカナイシ博士個人のものとする形で決着をつける気みたいです。「財団の活動に支障と不利益を与えない限り、職員個人の研究は黙認される」という、外宇宙支部の気風そのものを封殺されることだけは避けようとしているんでしょう。何せ当人が意識不明の重体ですから、半ば死人に口無しというわけで。それに、ピエネータ計画自体にも、あれが正規計画だった頃から結構な数の反対者がいましたしね。
ヒラ職員の反応? 「ヒューッ」だの「まぎれもなくヤツさ」だの、彼女への賞賛で溢れかえってますよ。なにせ、事態の見てくれが「人に無理矢理改造手術を施す博士」というわかりやすい悪役を、「腕がすごいパワーの銃になった」人間が吹き飛ばす、という、いかにも勧善懲悪な図式になってしまったわけでして。しかも、善の側がとびきりの美少女ですからね、無理もないです。外宇宙支部に新たなるスーパーヒロイン、「スペースオサキ」が誕生したのです。元ネタでは███ガンは左腕だってことなんか、誰も気にしてません。
今回の一連の事態を受けて、稲倉研究員に生じた宇宙機の構成要素、特に推進系と、御先交渉人が使用したビーム兵器のデータを分析し、ガニメデの艦政本部はある仮説を導き出しました。
まず、御先交渉人のビーム兵器、動力系についての詳細は不明ですが、威力のみから判断するならば、「大型宇宙船が使用するビーム兵器」として最良のものであるという判断が下されています。また、稲倉研究員に生じたスラスターは、やはり大型宇宙船を迅速に回頭させるための姿勢制御システムR C Sに適したものであるとも。
恐らく、SCP-2806-█は無作為に別のものに変化していたのではありません。本来であれば特定のものに変化するはずが、作動不良によって、その「もの」の一部の構成要素のみに変化するようになってしまったのだろう。そう艦政本部は結論づけています。アンダーソンがなぜ義手でそれをやろうとしたのかは永遠の謎ですが、おおかた技術者か顧客がロマンでも追求していたのでしょう。「特定のもの」が何であるか、かつてあの計画を主導していたあなたであれば、想像は難しくないはずですよね……?
今回の事案から得られた情報により、かつての七号艦計画が抱えていた技術的課題は、解決の目処が立ちつつあります。現在、理事会は同計画の凍結解除を審議中です。恐らく承認されるでしょう。
ええ、これは再召集です。
 |
| 1947/09/██、ロズウェル基地より[データ削除]を輸送し、サイト-██主滑走路への着陸態勢に入った米海軍輸送機。 |
1947年9月、アメリカ合衆国、ニューメキシコ州、ロズウェル陸軍航空軍基地−−。
宵闇の中、主翼に取り付けられた4基の3千馬力級空冷エンジンから爆音を轟かせ、現時点では米軍随一の巨人輸送機であるR6Vコンスティテューションが滑走路を走っていく。
付随する収容設備ごと2階建ての胴体に“積荷”を飲み込んだ、場末の飛行場には不釣り合いな巨体は、滑走路を終端ぎりぎりまで使ってもまだ離陸速度に達さず、主翼に後付けされたロケットブースターR A T Oから焔をほとばしらせて強引に大地から離れ、翼端灯をまたたかせながら夜空へと舵を切った。
「スパークス少将、あなたがたのご協力に感謝します」
上昇していくコンスティテューションを滑走路の脇で眺めながら、黒いスーツ姿の若い男が、傍らに立つ米陸軍の制服姿の壮年男性に話しかける。
「ボウ委員会だか“財団”だか知らないが、すべては君たちが為した仕事だ。我々は場所を間貸ししただけだよ。たった今運び出されたものについても、“宇宙に関連する何か”ということしか知らん」
スパークス少将は手で軍帽のつばを押さえる。影に入ったその顔には苛立ちが浮かんでいた。「何もわからない」という状況が生み出す苛立ちが。
「……あれは一体何なのだね。我が陸軍の基地に海軍の輸送機、それも2機しかない試作止まりのデカブツを呼び寄せねば運べんようなかさばる措置−−君たち流に言えば“特別収容プロトコル”を必要とする代物だ。公式発表のような単なる調査気球とも思えんが」
スーツの男は、まるでマネキン人形のように表情を変えなかった。わずかな時をおいて、その表情のまま語り出す。
「あれは気球かもしれませんし、そうでないかもしれません。今から30年ほど経ったころに、都市伝説という形で新たなカバーストーリーを世間へ流布する予定になっています。ロズウェルで回収されたのは墜落した異星人の乗り物エイリアンクラフトであると。それは真実を隠すための、ある程度真実に近い嘘です」
スーツの男の顔には何も浮かんでいなかったが、男自身、彼らが回収したものについて何か語りたかったのかもしれない、とスパークス少将はふと思う。その思いも、ことの始まりである7月7日の夜から「何か」についてスパークス少将が考え続けたことと同じ、単なる想像に過ぎないのであるが。
ロズウェル基地近くの牧場に「宇宙に関連する極めて重要なもの」が存在するとの一報がもたらされた。あの夜、スパークス少将が実際に体験したのは、せいぜいその報告を受けたことくらいだ。情報の出所、国家軍政省ペンタゴンが中央情報局C I A、あるいはジェット推進研究所J P Lあたりのどこかに属するか繋がっているかしているのであろう“財団”なる組織は、即座に自前の人員を基地に送り込むとともに、サポートにあたった陸軍側に対しても「何か」についての一切の情報を遮断したのである。
それ以来、彼らは何も知らされていない。“財団”が占拠した基地の一角は完全に封鎖され、一夜にして築かれた大小様々な目隠しの覆いの中はおろか、そこに出入りするトラックの荷台の中すら窺い知ることはできなかった。
再三の視察要求が認められ、一度だけ覆いの1つの中に入ることができたが、そこにあったのはバンパーロケット−−ナチスから接収したV2を改良した代物−−の残骸を収めた仮設倉庫だけで、陸軍に対しても秘密にするほどのものだとは到底思えなかった。あの覆いはダミーとして設けられたもので、他の覆いも少なくともいくつかはダミーに違いない。そうスパークス少将は確信している。結局、“財団”は何も知らせる気はないのだ。
軍内部のつてを頼り、“ブルーブック計画”だの“ボウ委員会”だのから漏れ出てきたと囁かれるごく断片的な噂を耳にすることはできたが、それらを組み合わせてみても、結局は誰も正確なことは知らないのだろうということがわかるだけだった。あるいは、その噂自体もまた“財団”が言うところの「カバーストーリー」なのかもしれない。
「君たちはこれからあれをどうするつもりなのかね。ネリス射撃場の中に新たにあれの研究施設を設けるという話も聞いたが」
スパークス少将は、そんな真偽不明の噂の1つを口に出す。答えが返ってくることは期待していなかった。自分もあれについて何か語りたかっただけなのだ。何もわからないことを紛らわすために。だが予想に反して、スーツの男は口を開いた。
「ノーコメントです。ですが、1つだけ言えることがあります」
アメリカ南部の乾いた空気の中、天に瞬く星々を上を向いてきっと見据えながら、スーツの男は断固とした口調で言う。
「あれは我々に理解させたのです。我々はあそこに……宇宙に赴かねばならないということを。それが、人々が暮らす正常な世界を維持するために必要なことなのだと」
財団の中で、俗に言う「外宇宙支部」設立の準備が本格的に始まったのは、それから少し後のことである。
Khevtuul-2級は、失敗に終わったKhevtuul-1探査機の改良型であり、一部機能のダウングレードと引き換えに運用面でのリスク低減が計られています。機体の構造自体は標準的な非異常性の無人恒星間探査機に近いものですが、推進器としてSCP-2722に由来する実験的推進システムを搭載しており、それによる5.5 c以上での超光速(FTL)航行が可能です。
反面、Khevtuul-1が陥った暴走のリスクを取り除くため、Khevtuul-1に搭載されていたコマンド-データ誘導制御(CDGC)システムはオミットされており、搭載された地球との通信手段は光速を越えない従来のものに限られています。そのため、もっとも迅速な情報収集手順として、あらかじめ指定された経路に従い自律航行・探査を行った後に地球へと帰還し、探査機内部に蓄積された情報を直接回収するという運用方式がとられています。
現在、Khevtuul-2級はそのすべてがヘイムダル計画直轄の装備として運用されており、█機が太陽系へと帰還済み、█機が太陽系外での探査活動に従事しています。詳細な運用情報はレベル4/Heimdallもしくはレベル5クリアランス保有者にのみ開示されます。
財団が公式に「宇宙戦闘機」たりうると認めた唯一の装備であるXS(Ma)F-1は、火星大気圏内で運用される高速・高機動航空機の技術実証試験機であり、航空機用の大出力電動モーター、それを長時間駆動させるための大容量バッテリー、火星環境下でのCCV技術や各種アビオニクスなどについての、実機による研究開発を主要な目的とする。
財団が火星で運用する他の航空機と同様、火星大気内に酸素がほぼ皆無であることから、プロペラによる電動推進を採用しており、大気密度の低さに起因する火星の特殊な気流領域に最適化されたプロペラブレード、および翼型の短形翼を有する。形状は単座単葉のトラクター式単発機であり、その外見は第二次世界大戦期のレシプロ戦闘機に類似している。
現時点で存在する機体は操縦席を気密化しておらず、パイロットは宇宙服を着用した状態で搭乗する。また、宇宙船による火星への輸送時のため、主翼と水平尾翼は折りたたみ可能となっている。胴体および主翼下にはハードポイントが設けられており、ここに増加バッテリーを内蔵したドロップタンクを牽下することが可能。現時点では未完成だが、ここには別に開発されている火星用空対空ミサイルなどを装備することも考慮されている。固定武装も現時点では存在しない。
現在は2機が試作されており、機動部隊ニャ-16("火星ノンストップ")内に設けられた実験飛行隊によって飛行試験が繰り返されている。将来、火星において敵対的なGoIまたは異常存在との大規模戦闘が生じた際には、XS(Ma)F-1の試験によって得られた技術を元に火星用の「宇宙戦闘機」が量産され、戦闘に投入される計画である。
なお、電動モーター関連技術の研究を主眼としたXS(Ma)F-1のさらなる原型機は、フロント企業「南カリフォルニア航空機」名義で地球で試作されており、紆余曲折の果てに「極限状態下での実戦評価試験」なる名目で某エア・レースのアンリミテッド・クラスに参戦しているが、これはまた別の話であろう。
本家記事との擦り合わせを結構意識してヘッドカノンを組み立てている傾向があります。
自分の外宇宙支部(仮)所属宇宙船のぼんやりとしたイメージは、このあたりに大きく影響されています。
・ダイダロス計画
・ローレンス・リバモア研究所のレーザー核融合探査機概念案「VISTA」
・『2001年宇宙の旅』のディスカバリー号
・『2010年宇宙の旅』のコスモナウト・アレクセイ・レオーノフ号
・『造物主の掟』のオリオン号
・『2004年 火星への旅』のシグマ1およびシグマ2
・『墓碑銘二〇〇七年』のダイアドD
・『銀河乞食軍団』の蛍級海防宇宙艦など
・『航空宇宙軍史』のイカロス級観測艦およびオディセウス級観測艦
・『妖精作戦』のCC-104ルナトランスポーター
・『太陽の簒奪者』のUNSSファランクス
・『パンドラ』のきりしま
・『オブリビオン』のオデッセイ号
また、以下は影響されたいけどされるとあまり良くないであろうものです。
・『妖星ゴラス』のJX型ロケット(隼号、鳳号)
・『トップをねらえ!』のるくしおん